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じゃんけん

  • Day:2012.04.30 07:42
子供のじゃんけんは
パーを出して負ける子が多い。


じゃんけん


チョキは黒龍(ヤブラン)
パーはピスタチオ(ヒューケラ)

この事件があってから
ヒューケラは別の鉢に移した。

パーしかできないもの、ね。

さくらんぼ

  • Day:2012.04.28 07:40
さくらんぼ


パンの中身

  • Day:2012.04.27 07:41
朝食のパンはプレーンなものが好きだ。

Wは朝からお惣菜パンを食べたりする。
そういうのはランチかおやつでしょ。
思い込みかな。

上野の駅構内のパン屋さんに入って今日の昼食を買う。
新幹線の中で食べるランチだ。
ミックスサンドイッチと帰りのおやつにするアップルパイ

フランスではプレーンなパンがメイン。
それに対して、日本のパン屋さんはデコレーションパンが多い。

ここは、外国人の旅行者も来るお店なので、
デコレーションは言葉の代わりにもなっている。

チョコレートパンという文字が読めなくても、
パンの端っこにチョコレートがかけてあれば中身が想像できる。
パンダの焼き印だけじゃなんだか分からない。

ところで、私は中2の頃、点字クラブに入っていた。
もし自分が目が不自由になっても大丈夫なようにしておこう、
というのが動機の1つだった(はい、割と保険体質)。
残念ながら今は忘れて読み取れないけれど、
ボランティアというより新しい外国語を覚えるような気分だった。

自分が見る事に頼っている人間なので、
視覚以外の感覚を上手に使える、
目の不自由な方の世界について、改めて知りたくなった。

視覚障害者 wikipedia というキーワードで検索すると、
その職業として「医師」が出てくる。
正直驚いた。

調べて見るとまだまだ人数は少ない。
能力の問題ではなくて法律の壁が厚いからだ。

全盲での医師国家試験合格者第1号者は守田稔さんという方。
専門は性同一性障害の精神科医だ。

なるほど。
腑に落ちるものがあった。
マイノリティ同士という共通点があることも有利だけれど、
心の深い部分を声を頼りに探っていくには、
目は時に邪魔になる。
彼ら、彼女らが苦しんでいるのはそれなのだから。
見えない事で逆に見えるものがある。

こうしたケースでなくても、外見と内面とのギャップに戸惑うことは、
多かれ少なかれ誰でもあること。

80代のカナダ人のシスターが昔、日本に来たばかりの頃に、
ハンバーガーのバンズにちょうど良さそうな丸いパンを買った。
「これで修道院のみんなに喜んでもらえるわ」と。


パンの中身


ところがパンを割ってみたら、あんパンだった。。

彼女の大好きな笑い話だ。

パンの中には何が入っているか分からない。
人生という旅路にはサプライズがつきものだ。

チョコレートのトッピングのパンの中に、
うぐいす豆のあんが入っていたとしても、
楽しんじゃって下さい。



守田稔さんについてはこちら
http://www.atarimae.jp/crosstalk/008/

黒白講

  • Day:2012.04.26 07:40
幼い頃、台湾に住んでいた。
住む家が決まるまで、こじんまりとしたホテルでしばらく過ごした。

「ちーりんさん(703号室)」と言ってキーをもらい、
両親が乗るエレベーターと競争するように、
7階までの暗い絨毯敷きの螺旋階段を昇ったり降りたりしていた。
使い込まれた手すりに、しっかり体をつけるようにして、
恐る恐る下をのぞき込むと、小さく白いロビーの床が見えた。

このホテルのオーナーのマダムはチーパオ(中国服)がよく似合う人だった。
子供心に上階からロビーまで優雅に降りてくる姿が目に焼き付いている。



さて、ようやく住む家が決まって、新しい暮らしが始まった。
二階建ての小さな家だ。赤い門扉が台湾のスタンダードだが、
赤は派手すぎると思って白く塗ったら、すぐに泥棒に入られた。
外国人だというサインを不用意に出してはいけなかったのに。
大した被害はなかったが、担当したお巡りさんは、
街で会うと愛想良く「鋭意、捜査しています」と繰り返した。

黒白講だ。

これは、「ウッソー!」「もう、いい加減なこと言って」という意味。
最初に覚えた台湾語で、「オーペッコン」と発音して、軽い会話のやりとりに使う。
漢字は当て字だそうだが、黒を白と言うという漢字を充てたのはぴったりだ。
若い子から大人まで連発する。



ところで台湾語は、いわば身内で使う言葉。
現在の教育事情は知らないけれど、
台湾の人達は小学校から北京語の教育を受ける。そちらが公式言語である。
だから、バイリンガル以上の人がほとんど。
シチュエーションに応じて混ぜながら話すことも多い。

時折、台湾語に混じって「◯◯オクサン」といった日本語が耳に入ってくる。
台湾の人同士での会話なのだから、なぜ日本語を混ぜるのかと思ったが、
ニュアンスがその方が良く伝わる言葉はそのまま使うとのこと。

あれ... 日本語も同じかも。 



kuroshiroukou




窓 - rutile quartz

  • Day:2012.04.25 07:38
窓の話 - ルチルクオーツ


あれはどういう意味だっただろう。
さっきから、昨日の電話の「いえ、別に大したことではなくて、近いうちに」を転がしている。
いつもの事務的な声とは調子が違ったような気がする。

少し上ずったような早口に、何かを期待していいのだろうか。

急に目の前が華やいだ明かりで包まれた。
窓にが入る季節になったのだ。

金色のシャワーの感覚を明日も味わいたい。
もっと確かに。


マティスの赤い空間(前編)

  • Day:2012.04.24 07:41
あの絵がやってくる。

実物を見られるなんて、なんて幸せなこと。
マティスの絵はパリ、ニース、ヨーロッパの様々な美術館で見てきたが
この絵は遠くロシア、エルミタージュ美術館にあって機会がなかった。

人の背丈程あるこの絵を、是非見たい。


マティスの赤い空間1

Les Desserte rouge
1908
Matisse

(Pierre Schneider "MATISSE" Flammarion 1993 p.316-317 より)


直訳すると「赤い食卓」だ。

マティスの作品は見るたびにヘタだなぁと思う。
しかし、描かれている不思議なモチーフや空間をたどっていくと
いつの間にか、夢中になってしまう。

青い服を着た給仕の女性は、お昼ご飯の準備をしている。
机の上のビンはワインだろうか。

それよりも、この青い花籠や植物のつるのようなものが気になる。
フォービズム(野獣派)時代の激しい動きの名残か。

調べてみると、これはトワール・ド・ジューイというお店の布で
マティスはこれを実際にテーブルや壁面に掛けて、写生をして描いていた。
想像だけで描いたものではない。



マティスの赤い空間2

上の写真は白黒の図録から起こしたものだが、青ベースの絵画である。
マティスはこのモチーフを使って何枚も作品を描いていた。
この絵も最初は青ベースだった。
キャンバスの縁にその色が残っている。

それを赤に塗り直した理由は分からない。
ただ、青いツタのような模様が、赤を背景にすることによって
壁やテーブル掛けの模様という役割から離れ、自律したものとなって、
空間に動きを与えた事は確かだ。

また、最初から赤の絵の具を塗るより、色に深みが出て奥行き感が現れている。
「色ムラ」のテクスチャーがこの平面的な作品を支えている。

それは最初は画家の「迷い」から発したことかもしれないが
「迷い」を「確信」に変えて、自身のスタイルとして
平面(2次元)と立体的な空間(3次元)を揺蕩う作品に仕上げた。
この2.5次元の空間のバランスが絶妙である。

また、左上の窓と外の風景がいい。
そこに描かれた黄色い小さな点が食卓に飾られた黄色いミモザらしき花と呼応して
この赤で飽和した緊張した空間に、自然の奥行きと息をつける場所を作っている。



参考までに1911年の「赤いアトリエ」、1948年の「赤い大室内」を
揚げておく。これらの作品の中で自身の過去の作品が、違う世界への「窓」と
なって、空間のみならず、時間の重層感を作り上げている。

マティスの赤い空間3



でも、これは今まで積み上げた私の頭の中の世界。
実際の作品に触れることによって
また違う印象を持つかもしれない。

それが何よりも楽しみである。


エルミタージュ美術館展 2012 4/25-7/16 国立新美術館にて開催
http://www.ntv.co.jp/hermitage2012/

カフェオレの空気

  • Day:2012.04.23 07:42
カフェオレの空気


Cがにやにやしている。
「さっき、ケーキ受けとらないで帰ろうとしたでしょ、一瞬だけど」

もう!気がつかないふりしてよ。

ランチの帰りがけにお店の店先でケーキをテイクアウトした。
さっき、花屋さんがおまけでくれたラナンキュラスの苗が
頭の中でレモンパイ二つの重さにすりかわり
お金だけ払って帰ろうとしてしまった。。

それはさておき、ここには不思議な空気がある。

新しいお店なのだが、古い壁や窓が残されている。
それらがかもしだす独特な雰囲気が気に入って時々足を運んだ。
でも最初の頃はこのルックスがおしゃれなお店には何かが足らなかった。

以前からこの店の手作りケーキを買う時に
それとなくホールの他のお客さんが食べているものを見ていた。
ナポリタンと何かが一皿になっている。
うーん・・・

それがいつの間にか
ケーキの味も安定してきて
食事も見た目、味とともにいい感じになってきた。
何よりお客さんの雰囲気が格段に良くなっていた。

なじみのお客さんというのだろうか
お店の人とお客さんそれも年配の方が
楽しげに会話している。
若いお客さんもいい感じに混ざっている。
ヨーロッパの田舎のカフェのように。

包んでくれるのを待ちながら
ふと、ネームカードを見ると since 1935 とある。
裏側に、3代目として洋装店を新しい形でオープンさせた
と説明があった。

そうか、このお店の古い感じは見せかけの改装ではなく
本当にお爺さん、お婆さん、お父さん、お母さんが築いた
昔のお店を残したくてこういう形にしたのだ。
残念だけれど私は古いコンクリートの壁から
それを読み取ることができなかった。

ただ老若男女が入り交じる自然な語らいの空気が私に何かを伝えた。

このお店の名前はカフェオレという。



Tea time

  • Day:2012.04.21 07:40
ティータイム

普通になりたい

  • Day:2012.04.20 07:40
いつもさりげなく周りに合わそうとしていた。
随分長い間努力した。
様々な工夫もした。
目立ちたくなかった。

その結果がこれなのか。。






















普通になりたい2



私は個性的になっていた。



裏返す

  • Day:2012.04.19 07:42
円城塔さんの小説の中にこんな一節がある。

超記憶を持つ「父」と「教授」の会話だ。

「馬を裏返しに描けますか」
 ふと戯れに尋ねた教授に、父は一寸首を傾げてみせて、ごく通常の馬を描き出した。口から
肛門を引っ張り出したという生々しい形ではなく、まずはごく平常の馬を描いた。そうして臓
器を、皮から離して外へ描いた。生々しさに席をはずした教授が戻ったときには、馬の体の内
側に、歪んだ都市を小さく描き続けていたという。つまり最初に描かれたのは、裏返された馬
の皮だったということになる。


                             「良い夜を持っている」より
                        (円城塔・著『これはペンです』に収録)



複雑に見える話だけれど、要するに、裏返したお稲荷さんの話だ。
「父」は生姜を皿に添えず、生姜と皿を小さくお稲荷さんの皮の内側に入れ込んで描いたのだ。
きつねじゃなくて馬の話にしたところがミソである。






裏返す2


ジャン=ミシェル オトニエルの作品。

実はガラス球の裏側には小さな窪みがある。
それが映り込んだ風景を複雑に見せているが、
どんな物も風景も瞬時に取り込み裏返すことができる。

言葉に因らない、この「解」のなんと洗練されていることよ。
複雑に見えることをシンプルに解くこと。

美しい。




小さな葛藤

  • Day:2012.04.18 07:41
Bと一緒に骨折した友人のお見舞いへ行くと
本人はまだリハビリ中で、大部屋のベッドは空だった。
しばらくそこで待つ事にしたが、Bは
「いいこと思いついた」とどこかへ行ってしまった。
4人部屋は、各々カーテンが閉まっていて、
人の気配はほとんど感じられない。

差し入れは『ポーの一族』萩尾望都さんの往年の名作。
古書店で探してきた。
新しく文庫版も出ているそうだけれど、
フラワーブックスから出ている昔の版がいいという、
友人のリクエストだったのだ。

手持ち無沙汰なので、差し入れを読むことに。
萩尾さんの作品は『11人いる』派だったので、
この作品が美しき吸血鬼のお話だということしか覚えていない。
友人達が熱を上げていたのは『トーマの心臓』だっけ。
遠い記憶をたどりながら、密度の濃いお話と絵に魅き込まれていく。

病室の静寂を破ったのは、看護師の声だった。
別のベッドの患者さんが、日本語に英語を交えながら話している。
金髪の女性は立ち上がりたいらしい。
どうも漏れ聞こえてくる内容からすると、
長く寝ていると足が萎えるから、それを心配している様子。

看護師は「あ、お祈りをしたいの?」とトンチンカンなリアクション。
女性は日本語が、看護師は英語が、不自由なので、こういう事になるらしい。
平行線の会話にムズムズするが、
突然、カーテンの向こうの話に割って入る訳にはいかない。

Bも友人も、まだ戻ってこない。
カーテンの奥から濃厚な気のエネルギーが漂ってきて気持ちを乱されるが
『ポーの一族』に集中することにする。

体の弱いメリーベルは「貧血」気味でよく気を失う。
兄エドガーはこの妹の健康を案じて、色々策を練っている。

看護師は他の用事で呼ばれて、また別の人がやってくる。
「お祈りをしたいって聞いたんだけれど、それは何か動くお祈り?
動くんだったら、先生に聞かないとね」

この伝言ゲームはどうしたものか。

「その写真に向かって、お祈りするの?」無邪気に看護師は続ける。
女性は困ったように口ごもっている。
「なんという、なんという(wellの意味で使っているらしい)、写真、祈りません」

ますます話がずれていく。
彼女の信仰は絨毯系じゃない。絨毯系には写真はないから、そうと分かる。
「興味ありませんから」だけが、すらすらと上手に言えるってことは
それを言われ慣れているジャンルのところに属している。

偶像崇拝は、しません、と言っているのだ。
たとえ、そこに信仰する対象の写真があったとしても。
その手の話の説明は難しいだろう。たとえ言葉が通じたとしても。

金髪女性が苛立って興奮気味になってきたので、
看護師は後でまた来ますと、慣れた様子でその場を離れた。
どうも、宗教と関係なく、何かをする時、
彼女には心の準備がいるらしいのだ。せかされると、
言葉の問題と相まってややこしい状況になってしまう様だった。
ひとしきり嘆いたあとで、疲れたのか眠ってしまった。

漫画に戻ろう。
エドガーは15才だが、永遠の少年だ。
なぜなら、吸血鬼になった時の年齢で姿はそのままにとどまる。
だから同じ土地に2年はいられない。
その年頃の子の体が成長しないのは怪しまれるから。
それでも、虚弱な妹メリーベルには新しい血が必要だ。
学校の同じ年頃の男の子を狙うものの、
仲間に入れるとまた面倒が増える。エドガーの葛藤。

また、別の空気が入ってくる。
先程とはまた違う看護師が入ってきた。子猫のような声だ。
「先生から別のオーダーが入っているので、採血させてくださいね」
しかし、金髪女性は寝ぼけているのか反応が鈍い。
優しく話しかけながら、看護師はどんどん仕事をこなそうとする。

シーツとマットレスがきゅっと鳴る。
女性は大きな声で「さわらない!!」と叫ぶ。
「せんせい、よんで!!」と大騒ぎになる。

看護師は慌てる様子もなく、部屋から出て行った。
しばらく間があって彼女は呻くように小さく呟いた。

Vampier(ヴァンパイヤ)!






全くだ。
可哀想なメリーベル…
ヴァンパイヤ狩りにあって幼い命を落とした。


Bが戻ってきた。
「だって、ポーの村にはこれがなくちゃ」
お、なるほど。

バラを食べて生きる一族。
ポーの村では赤のバラを欠かさないという。
幻の村で生きるメリーベルよ。
エドガーと永遠に。


小さな葛藤 差し替え



心のコスメ

  • Day:2012.04.17 07:40
人間少し長く生きていると
今まで通りに事が運ばなくなることがある。

私は余り人からの評価を気にしないで生きてきた。
それでも展覧会などで作品を発表するとなると少しは気にしたけれど
いつも沢山の人からの評価を得ていないと不安というタイプではない。

ちょっとヘンテコな自分が誰よりも好きなのだ。
(その結果、周りの人が苦労していることも知らないで~とWに突っ込まれる)

でも常に人と交流して評価を確かめ合わないと気が済まない人がいる。
真面目さが仇となって心の病気になってしまった。。
心のアップダウンが非常に激しい。
お世話になった方だし、気になって仕方がない。

でも必死に他人にすがりつく様子は溺れるものは藁をもつかむだ。
私も水中に引き込まれそうだ。
どんなアドバイスをすべきか。
しない方がいいのか。

そんな事を考えていたら急にドキドキしてきた。
気づかないうちに私もその人に共振していた様子。

脈拍数が異常に上がっている。
「抱えきれないよ」
体がサインを送っている。

本人が自分を愛するようにならなければ
一時的に助けたように見えても同じことが何度も起きる。
それは一種の「人」依存症なのだ。
禁断症状が出ても無理を聞いてはいけない。
ひそやかな孤独は薬なのだ。怖がってはいけない。
とにかく本人が気づくまで待とう。
今、私にできることは何もない。

心の中で、私の葛藤を、手放した。
そして体の力を抜いた。



心のコスメ1

ジャスミンの花がほんのりと香り立った。
自然に水に浮かんでいるイメージ。
ほどなく動悸が収まってきた。

肌荒れもストレスが原因のことが多い。
それを自覚するだけで収まることもある。

心のコスメは自分で持っている。
時々それを優しく塗ってあげて。
肌がきっとしっとり柔らかくなるから。



心のコスメ2

写真はラムズイヤー(子羊の耳の意味)
冬でも柔らかい葉を保つ。

でもちょっとひっかかるのは
ジャスミンとラムズイヤーの花言葉が揃って
「私はあなたに従います」ということ。

「あなた」が指すものだが、誰か特定の人ではなく
何か大いなるものと考えると
私としてはすっきりする。




UKからの便り vol.7 - prince charles

  • Day:2012.04.16 07:39
今日はロンドンまで足を延ばして
キュー・ガーデンズに行ってきました。
王立の植物園です。

立派なガラス温室が目立ちました。
大きな板ガラスが作られるようになったのはロンドン万博の頃です。
たぶんこの温室もその時代のものでしょう。
ヴィクトリア時代の様式でした。

...japonicaと学名で書いてある名札を見つけました。
それが知らない植物でも嬉しかったです。
19世紀の植物ハンターの手によって運ばれたのでしょう。

どこかテイストの違う日本庭園を見ると微笑ましいような
気持ちになりました。
とても広いので全部は見られませんでした。




寒い時期のヨーロッパってそんな感じだ。
閉館時間も早くてすぐに外が暗くなる。

私はCのメールを受け取ってから庭のクレマチスを見に行った。
今の時期はちょっと中途半端な感じ。

去年の夏はこんな風に咲いてくれた。
プリンス・チャールズはクレマチス界では人気者の品種。
バラや他の植物との調和がいい。



prince charles

ポピー

  • Day:2012.04.14 07:38
ポピー


二人の距離

  • Day:2012.04.13 07:43

Cが遊んでいる。
二つのピースを色々な角度に置いてみている。
このぐらいの距離が会話している感じかな、とか言って
お人形遊びみたいに台詞を声色を変えてやっている。

「私たち壊れそう」
「でもほろ苦くて、美味しい関係だよ」













二人の距離



アンニュイな空気。
チョコレートウエハースの世界は大人の味がする。





バラの刺

  • Day:2012.04.12 07:40
バラの花は好きだけれど刺は嫌いという方は多いはず。
でもこの二つはペアで魅力を放つ。
危険で近づきがたいものに人は惹かれるもの。

バラの刺


生まれたての刺は柔らかく鮮やかでとても美しい。
こうして人はあっさりとだまされてしまう。

ところで『星の王子様』からは想像が付きにくいが
作家サン=テグジュペリと妻コンスエロの
愛の物語は複雑に絡み合ったものらしい。

『夜間飛行』やその他の評伝から推測するに
二人とも強い自我ゆえに傷つけ合いながら
一対であったような。

バラが強風になぶれて刺で花や葉が傷つくたびに
ハラハラしながらこの矛盾に満ちた生き物を見つめている。




猫の論理

  • Day:2012.04.11 07:38
Bからの謎かけ
「アナログとデジタルの葛藤とかある?」

うん、このところ
それほど葛藤はないなー なんでだろ。
そもそも、アナログvs.デジタルという風に考えてないな。

私にとってアナログ、デジタルという問題が生じたのは
主にパソコンとカメラ、画像ソフトについてだった。

確かに初期のデジタル機器は使いにくくストレスを感じた。
でも現在の機械と便利さと比べてみると
それは思考回路がデジタルかアナログか、というより
インターフェースの不具合だった。
つまり機械と人を結ぶ部分の設計がヘタクソだった。
使いこなせないことに劣等感を覚えることはない。
もっと人の思考に合わせた使いやすい設計になれば解決する。
きっぱり!

それよりもっと大切なのは
新しい道具に興味があるか
伝えることに好奇心があるか
ではないか。


私は道具が好き。
使える道具が好きだ。
道具フェチでもないし、コレクターでもない。
ガーデニングに必要な道具を選ぶようにデジタル機器も選んだ。

最終的に出来上がるものがガラスというアナログなものだったから
デジタル機器はそれをサポートする道具だった。

雲形定規の方が書く時には自由に線を書けるけれど
それを正確に拡大縮小しようとすれば
イラストレーターなどの画像ソフトの方が便利だ。
(本当はそういうソフトじゃないのだが、私の使い方。
拡大コピーより正確に伸ばせて下書きのラインになった)

アナログとデジタルを混ぜることもあって
写真についていえば、フィルムで撮り
それをスキャニングしてデジタル画像にして
加工するということもたまにはする。
フィルムでしか撮れない風合いというのも存在するから。

そしてデジタル機器の有利なところは
早く伝えることに長けていること。
分かち合えるというところも得意。

そんな道具としてデジタル機器を考えると気楽なのでは。
アナログの道具だって使いこなせない人は沢山いる。


猫の論理


猫は飼い主が新聞を紙で読まなくなっても何の不自由もない。
「興味もってよ。そうじゃないと邪魔するもんね」の好奇心の論理は変わらない。
アナログでもデジタルでもOK。
新聞紙がくしゃくしゃになるか
不思議なメールがたまに送信されるかの違いだけだからだ。



UKからの便り vol.6 - heart or spade

  • Day:2012.04.10 07:44
ドアが開いていたので
使っていない部屋にこっそり入ってみました。

なんと真っ赤なハートで部屋が一杯なのです。
比喩ではなくてまるでインスタレーション作品のように。
小ぶりのリンゴを縦にすぱっと切ったようなハートが
赤い厚みのある紙で作られていて
糸で天井から下がっているのです。

何百ものハートの下には
ダブルベッドがありました。




私は一瞬ハーレクインロマンスかと思った。
あれ、Cからのメールだ。
アート系の学生がいる家だから
そういうのも有りなんだ。

そのベッドの主を想像してみた。
自分でそれをやったとしたら、ちょっと微妙な性格。
男性であっても女性であっても。

一番ロマンチックなのは
男性が女性の部屋にこっそり入ってこの仕掛けをすること。
付き合っていなければストーカーだけれど。
二人にとってちょうどいい時期だったら
それは最高のプレゼントになるかもしれない。
少なくとも先端恐怖症のない女性だったら喜ぶはず。

だけど二人が別れたとしたら
一人、広いベッドで寝る女性の気持ちは...
まだ愛しているとしたら...

そのハートは夜ごと
無数の黒いスペードの剣となって
胸に突き刺さるのか。
それとも色あせたハートであっても
そのぬくもりに浸るのか。




UKからの便り vol.6 heart or spade


どちらにしても長い時が経てば、きっと艶やかな想い出に変わる。
私は使い古したスプーンで蜂蜜を入れて
ゆっくりとカモミールティを飲んだ。


生物四種

  • Day:2012.04.09 07:33
待ち合わせ時間より早めに家を出て、
知らない道を歩いてみた。
アスファルトだらけの道にも野の花が咲く。

道ばたで、見知らぬ女性がそうした小さな花を摘んでいる。
花束にして手に握りしめている。気分は少女というところ。
どこか、ほほえましい。

橋に出た。川面を白い鳥が舞っている。アホウドリか。
よく見ると何回も旋回し、同じ場所に戻っている。
何か餌があるのだろうか。

目が一点で止まる。

鯉だ。それも大きな鯉が口を開けてパクパクしながら、
泳ぐでもなく浮いている。
白い鳥が狙っている。
カオカオと大きな声で鳴いて、仲間を呼んでいる。


漂う鯉を橋の上から見守るしかない私がいる。




それにしても、あの女性は摘んだ草花をどうしたのだろう。
おひたしにしたりして。

生物四種




メジロと桜

  • Day:2012.04.07 07:44


DSC06922_01sqss.jpg


瞬く光の記憶

  • Day:2012.04.06 07:31
瞬く光の記憶852


最初の光の記憶といえば
あれは7歳ぐらいのことだったか。
もう少し小さかったかもしれない。
遠くの祖父母の家に親と離れて一人で泊まった時のことだ。

同じような構造の古い一軒家が二棟並んで建っていた。
その二階同士は行き来が便利なように「橋」でつながっている。

どちらの家も古かったが片方の家は当時ほとんど使われていなかったため
家1から家2への移動は時間旅行の趣きがあった。

急な階段を手をぺたぺた付きながら昇ると、ほの暗い二階に着く。
雨戸が閉まっている。木の雨戸から薄く映写機のような光りがもれている。
畳は少し黴臭くて湿っぽい。

ぎしぎしと音がする。次第に暗い所に目が慣れてきて「橋」へ向かう。
掛けがねを外して戸を開けるとそこはさながら古い貨車の中だった。

お尻をついて膝を抱える。

どこからか風が入ってきている。
貨車のつなぎ目にあたる扉が時折風で動く。
暗闇が少し怖いけれどなぜか居心地がよい。

点々とした光が壁からもれてきている。
目を凝らすとトタン板が錆びて細かい穴が開いている。
そこから小さな光がやってくる。
ちらちらと瞬く数えきれないほどの
光 光 光 



今でも現代美術館のビデオインスタレーションの
暗い部屋の片隅にじっと座り込むと落ち着くのは
その頃の名残かもしれない。








UKからの便り vol.5 - casper

  • Day:2012.04.05 07:42
元気ですか。私は元気です。


……手紙の書き出しって陳腐だ。
電話のモシモシのようなものと考えればいいのかも。

Cからのメール。
そろそろ少し疲れてきたのかな。
海外に行くと刺激があって楽しいけれど
文化的なギャップがあるし
段々食べ物とか言葉に疲れてくる。


DSCN0760Lssc.jpg

この写真はキャスパーの部屋の前で撮りました。
勝手に部屋には入れないのでドアの前ならいいかと。



写真をよく見る。
白いドアや壁はまあ、きれいだけれど
散漫な感じがする場所だ。
天井が気になる。
それと手すりにかけてあるコードはなんだろう。



Cは続ける。

私が気になったのはドアの横に貼ってある雑誌の切り抜きです。
キャスパーに、もしかしてZORRO?と聞いてみました。
「そう、大家さんの古い雑誌の中から拝借したのさ」と言っていました。

ところで彼の名前ですが
「オバケのキャスパー」のキャスパーだそうです。
彼はウェールズ地方出身で、ミュウさんの話では
ご両親が住んでいるのはお城のような家。
ウィリアム、エドワード、ハワードといった名前が似合いそうでしたが
ご両親がよっぽどユニークな方なのでしょう。



私にはオバケのキャスパーは子供向けのアニメで、白いシーツをかぶって
ふらふらしているキューピーみたいな男の子というイメージしかない。

そして怪傑ゾロは黒装束でマントを翻して悪いやつをかっこ良く
やっつける人。フェンシングの剣でZのマークを壁に残す。

ヨーロッパではこの二つのキャラは時代を超えて有名らしいのだ。
しかし、どちらも良く知らないキャラを
あれこれ考えてみても仕方がない。
なにしろ文化が違うのだ。


次の写真に行こう。

z


CのファミリーであるMが、メールを覗き込んで一言。
「昔はもっとシャープでかっこ良かったんだけどね。
こんな脂ぎった顔していたかしら」

たぶん結論はそれだ。


隣でお茶を飲みながらWが、また一言。
「怪傑ジロー」だったりしてね。


いいえ、間違いなく本人なのだ。
昔の映像で確かめたから。

文化的ギャップは関係ない。
時間のギャップだ。






弁証法的帰結

  • Day:2012.04.04 07:43
本屋に行ったら、
村上春樹『1Q84』Book1の文庫本が派手に宣伝されていた。

村上作品では
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』が印象深い。
二つの世界が並行して進み、どこかで繋がる構造がお気に入りだ。
物語というのは大体そういう風にできているものだけれど、
スクランブルエッグよりゆで卵の方が好きだった、ということ。

『世界の終わり…』では外界と脳内世界が章ごとに、
二つにくっきりと分けられていたのが面白かった。
脳内世界の中にある図書館の静かなイメージは
自分の中で映像化されているほど。

その割には探したら家にない。分厚かったので図書館で借りていたのだ。
文庫化されたら買おうと、そのままになっていたことを思い出した。


章ごとに違う話が交差する話というのは、他にもある。
1819~21年に書かれたエルンスト・テオドール・ホフマンの
『牡猫ムルの人生観』は、奇書や幻想文学に分類される本だ。
夏目漱石はそこから着想を得て
『我が輩は猫である』を書いたという説もある。
架空の音楽家クライスラーと、
その飼い猫で読み書きのできるムルの手記の原稿が、
印刷屋の手違いで間違って一緒に製本された、という趣向だ。
まったく異なった二つの物語には、所々、接点がある。

薄荷色のハードカバーの外箱が
不気味なひげの男の絵で強いインパクトがあったのだが、
みつからない。そういう運命の本なのかもしれない。


さて最近のお気に入りは、上にあげた作品より、
章ごとのコントラストが強くない、緩やかな繋がりがある物語だ。
Bにジャケ買いですか、と言わしめた
ベッドサイドに置くのに適した装丁でお勧めなのが
オルガ・トカルチュク『昼の家、夜の家』
柔らかい暖色系の家並みの絵が書かれているが
「家の中」はなかなか奇妙なテイストだ。

現実生活の昼の世界と、夜の夢の世界が不思議に交錯しながら
長短様々な物語が章ごとに曖昧な境界線を保ちながら進んで行く。
昼と夜の狭間の世界が好きになってきた。
最近はスクランブルエッグも食べる。



月が昇ってきた。黄みがかっていて、大きい。
『1Q84』の世界には月が二つ出ていたんだっけ。
結局、あの月はどうなったのだろう。
失念した。いや、まだ物語は終わってないのかもしれないが。。


弁証法的帰結


おそらく、この物語の弁証法的帰結はこれしかないだろう。
世界が求めているカタチはいつだってシンプルだから。



涙の訳

  • Day:2012.04.03 07:37
よく泣く人がいる。

私は困惑してしまう。滅多に泣かないから。
どう接していいか分からない。
そこで涙のメカニズムを真面目に考えてみる。

外側と内側の世界のギャップが原因ではないか。
温度差についていけないのかもしれない。
その結果として水気の多い人は
涙を出して処理している。

水気が多いということは生き物として
若いということかもしれない。
自分をドライにしてしまえば解決するかもしれないが
それができないから涙が出るのである。

対処法としては
外側の世界が冷え込んでいる時は自分もクールになる。
逆に暑い時はホットになる。
同化させてしまうのが一番である。

この方法の欠点は外界に影響されやすくて
自分の恒常性が保てないこと。
カエルとか蛇といった変温動物にはスムーズにできるけれど
人間には辛かろう。

これを解決するためにいい方法がある。
空気を間に挟むのだ。
外側と内側にいる自分の世界の間に。

どうやって?

それがペアガラスだ。北国の人達に愛用されている。
ガラスとガラスの間に空気層があることで
外界の影響を受けにくくなる。


なんだかBに突っ込まれそうな展開だってことは分かるけれど
空気を間に挟むってどんな時にも大切なのだ。

まあ、そんなにムキにならなくてもいいかもしれない。
第一うちはペアガラスにしてないし。
薄く曇ったガラス越しに見る風景は幻想的。
水滴がついている方が光が反射して綺麗だと思ったりもする。

とりあえず今日の分はきれいにしておこう。
水気が多すぎると黴が生える。
涙もほどほどにってことで。

涙の訳

ナチュラルエアパッキン

  • Day:2012.04.02 07:40
宅急便が届いた。
Cが開けてる。
「これなら簡単」と機嫌がいい。

昔届いた荷物で梱包を解くのが大変だったのは
よく作品の材料として使っていた色ガラス板だった。
問屋さんから、巨大な段ボール箱に天地無用の札を貼られて送られてきた。
ヨーロッパのガラス職人さんの手作りのもので
厚みが不均一だったり反りがある。
それがいい味を出すのだが、割れやすい。
大切に扱う。

箱を開けるとまずはくしゃくしゃに丸められた古新聞が見える。
それをひたすら取り除いていくと
新聞紙を拡げたぐらいのガラス板が中央に縦に入っている。
更に箱の両脇から古新聞をくしゃくしゃに丸めたものが
みっちり詰まってガラスを押さえている。
原始的な方法だけれど、これが最良の方法だそうだ。

しかし、これを始末するのは大変。
新聞紙の間に含まれた空気が抜けないので元の古新聞には戻らない。
量が半端ではなく一仕事だった。




ナチュラルエアパッキン


そうそう、宅急便。
空豆を頂いた。
自然のエアパッキン。
白いフワフワの部分も食べられるそうだ。
最高に洗練されていてキュート。

Cが空豆茹でるの、ちょっと可哀想だって。